当ページは、「みなす」と「推定する」の法律の文章における違いについて、とても簡潔に分かりやすく説明しています。
これらの言葉は、一見同じような意味を持つように思えますが、
法律の文章においては、全く異なった使われ方をします。
法律の学習をする方は、ぜひ頭の中に入れておきたい内容です。
「みなす」とは?
「みなす」とは、
本来そうでなくても、法令上一定の法律関係について、そのようなものとして取り扱うということです。
強力な擬制規定とも言えます。
「みなす」の場合、当事者間の取り決めや、反証は許されません。
(※反証 … 反対の証拠を挙げて、否定すること)
「○○であれば◇◇とみなす」と規定されていた場合、「○○である」限りは、何をしても「◇◇とみなされてしまう」のです。
当事者の間で「こうしましょう」と決めることもできませんし、反対の証拠を集めて「◇◇ではない!」と主張することもできません。
例えば、
民法において、単に行方不明(生死不明)となったとき、失踪宣告をすることで、その人は死亡したものとみなされます。
死亡したと「みなした」以上、後で本人が生きていることが明らかになったとしても、失踪宣告が取り消されない限りは、死亡したとみなされたままです。
法律効果は動かすことができないんですね!
「推定する」とは?
「推定する」とは、
本来そうであるかどうか不明だけれど、法令上、一応そうであろうと判断することです。
擬制の強さは弱いわけですね。
「推定する」の場合、当事者間の取り決めも、反証も許されます。
(※反証 … 反対の証拠を挙げて、否定すること)
「○○であれば◇◇と推定する」と規定されていても、反対の証拠を集めて「◇◇ではない!」と主張することができます。
例えば、
社会保険の法規において、船の沈没事故などで行方不明(生死不明)となったとき、その人は死亡したものと推定されます。
死亡したと「みなした」場合とは異なり、
「推定した」場合は、その後で本人が生きていることが立証されれば、その推定は覆されることになります。
まとめ
いかがでしたか?
「みなす」と「推定する」の法律の文章における違いについて、簡単にご説明しました。
これらの言葉は、一見同じような意味を持つように思えますが、
法律の文章においては、全く異なった使われ方をします。
- 「みなす」 … 反証が許されない
- 「推定する」 … 反証が可能
法律の学習をする方は、ぜひ頭の中に入れておきたい内容です。
当ページが、皆さんの生活や学習の一助になれば幸いです。